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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)330号 判決

控訴人

株式会社ブリヂストン

右代表者代表取締役

江口禎而

右訴訟代理人弁護士

仁科康

服部栄三

被控訴人

竹花潤一

被控訴人

三田幸一

右両名訴訟代理人弁護士

芹沢孝雄

相磯まつ江

主文

一  原判決中、主文第二項1の部分を取り消す。

二  被控訴人らの本件訴えのうち右取消しに係る部分を却下する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  主文第一項と同旨。

2(主位的)

主文第二項と同旨。

(予備的)

被控訴人らの請求のうち右取消しに係る部分を棄却する。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1(主位的)

本件控訴を却下する。

(予備的)

本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決事実摘示中、被控訴人らと控訴人とに関する部分の記載と同一であるから、これを引用する。

なお、以下においては、被控訴人らの本件訴えのうち原判決主文第二項1に係る部分を単に「本件訴え」という。

一  控訴人の当審における追加主張等

1  本件訴えの利益についての追加主張

(一) 控訴人は、昭和六二年三月三〇日開催の第六八回定時株主総会において、第四号議案として退任取締役及び退任監査役に対する退職慰労金贈呈の件を上程し、同日、退任取締役訴外井上義人、同森部康夫、同青木昭、同楠晋次、同伊原太郎、同渡邉徹郎、同山中幸博、同山本清九郎及び同松谷元三(以上「訴外井上義人外八名」という。)並びに退任監査役訴外川手恒忠に対し、控訴人会社所定の基準に従い、退任取締役については取締役会の決議により、また、退任監査役については監査役の協議により、それぞれ決定された金額の退職慰労金を贈呈する旨の決議(以下「第一の決議」という。)を行った。

(二) そして、控訴人は、その後取締役会の決議及び監査役の協議を経た上、同年三月三一日、右退任取締役九名に対し合計金三億五九五〇万円の、右監査役に対し金三九七八万円の各退職慰労金を支給した。

(三) しかるところ、被控訴人らから第一の決議の取消しを求める本件訴えの提起があり、これに対し、原審において、同決議を取り消す旨の判決がなされたので、控訴人は、本件控訴を提起したものである。

(四) そして、控訴人は、その後、昭和六三年三月三〇日開催の第六九回定時株主総会において、第二号議案として、前記退職慰労金贈呈の件を再度上程し(但し、同議案においては、前記の第四議案とは異なり、贈呈すべき退職慰労金の総金額を明示した。)、同日、その旨の決議(以下「第二の決議」という。)を行ったが、その決議の内容は、次のとおりである。

(1) 控訴人は、退任取締役訴外井上義人外八名に対しては合計金三億五九五〇万円の、退任監査役訴外川手恒忠に対しては金三九七八万円の各退職慰労金を贈呈する。

(2) 右贈呈の時期は、昭和六二年三月三一日とする。

(3) なお、第二の決議は、第一の決議の取消しが万一確定した場合に、遡って効力を生じるものとする。

(五) そして、第二の決議は、これに対する取消し訴訟等の提起がなく、そのまま確定した。

(六) 従って、仮に第一の決議の取消しが確定しても、第二の決議に基づき前記の退任取締役及び退任監査役に対し、同一金額の退職慰労金が同一時期に贈呈された結果となる。

(七) 以上のとおり、本件に関する退職慰労金の贈呈は、第一の決議及び第二の決議のいずれによっても有効になされ得る状況に立ち至ったものであり、このような場合には、第一の決議が取り消されるか否かは、控訴人会社の利益ないしその株主等の利害に全く影響を及ぼさないのであるから、第二の決議(その実質は第一の決議を追認する決議である。)が成立した以上、第一の決議の取消しを求める本件訴えは、民事訴訟制度を利用する利益ないし必要性を失ない、訴えの利益を欠くことになるものと解すべきである。

2  原審でした主張の訂正、追加等

(一) 原判決八丁表四行目の「慰労金決議」並びに同六行目、同一二丁裏九行目、同一三丁表一〇行目及び同裏末行の各「本件慰労金決議」をいずれも「第一の決議」とそれぞれ改める。

(二) 原判決一一丁表一行目の「原告土田」から同行の「説明拒絶には、」までを「原告土田がなした退職慰労金の金額に関する二つの質問に対し、議長は、金額を明示しない理由について説明するなど必要最小限度の説明をしている。仮に、議長が説明を誤った点があるとしても、説明自体を拒絶したことにはならないし、」と改め、同三行目の「違反とはならない。」の次に「また、議長は、質疑を打切ったものでもない。従って、本件決議には軽微な手続上の瑕疵すら存在しない。」を加え、同三行目から同四行目にかけての「説明拒絶理由」を「説明しなかった理由について」と改め、同五行目の末尾に続けて「そして、本件決議には内容上の瑕疵も存在しない。」を加える。

(三) 原判決一二丁表二行目の「説明拒絶に」を「説明を誤った点があるとしても、それには」と、同裏八行目の「明示を拒絶した」を「明示をさしひかえた」とそれぞれ改める。

(四) 原判決一三丁表末行から同裏一行目にかけての「監査役会が慰労金額を定めうるとする法律上の根拠」までを削除し、同裏一行目の「三点」を「二点」と、同二行目の「前二者」を「これら」と、同三行目の「ことであり」を「ことであって」とそれぞれ改め、同三行目の「第三の点」から同五行目の「ないから、」までを削除する。

(五) 原判決一四丁表五行目と同六行目の間に改行して、「(五) 仮に、本件決議について議長の説明義務違反等の手続上の瑕疵があったとしても、それは軽微な瑕疵にすぎず、しかも、本件決議の結果に影響を及ぼさない程度のものであったから、本件請求は、商法二五一条によって裁量棄却されるべきである。」を挿入する。

二  被控訴人らの当審における追加主張、反論等

1  控訴人の前記主張1に対する認否

1の(一)、(三)及び(四)の各事実並びに同(六)の法律的主張は認める。

2  本件訴えの利益についての控訴人の主張に対する反論

次のとおり、被控訴人らには本件訴えの利益がある。

(一) 第二の決議は、いわゆる停止条件付決議であって、第一の決議を追認するものでないことはもちろん、第一の決議を直ちに有効とするものでもない。しかも、第二の決議は、第一の決議の取消し判決が確定しなければその効力を生じないものである。従って、第一の決議は、今なお瑕疵のある状態で現存しているのであるから、その取消しを求める本件訴えの利益があるのは当然である。

(二) また、被控訴人らにとっては、第一の決議が控訴人の犯した商法二三七条ノ三違反を理由として取り消されるべきものであることを裁判所によって内外に宣言してもらう権利があるのであるから、裁判所もまた、その裁判を回避することはできないのであり、裁判所が万一これを回避すれば、憲法に定める被控訴人らが裁判を受ける権利を侵害することになることは明白である。

(三) なお、第一の決議とその一年後になされた第二の決議とでは、そのなされた背景が異なるものであるから、到底同一内容の決議とはいえない。

3  本件控訴の利益についての主張

(一) 控訴人としては、第二の決議が成立したことにより、第一の決議の取消し判決の帰趨に何らの痛痒をも感じなくなり、本件請求につき当審で勝訴しても敗訴しても(第一の決議が取り消されても取り消されなくても)関係がないことになった。従って、第二の決議の成立した時点で、本件控訴の利益は消滅したものというべきである。

(二) しかも、第二の決議を行ったのは控訴人自身であり、原判決を不服として本件控訴を提起したのも控訴人自身であってみれば、控訴人は、控訴して原判決の当否を争う利益を自ら放棄したものというべきである。すなわち、控訴人は、自ら計画した第二の決議を成立させることによって、控訴審における判決を無用の長物たらしめたものであるから、控訴人は、控訴審判決を受ける利益を自ら消滅せしめたものというべきである。

(三) よって、本件控訴は、控訴の利益を欠くものとして却下又は棄却されるべきである。

4  控訴権の濫用についての主張

(一) 控訴人は、前記のとおり、原判決後に第二の決議を成立させ、控訴して原判決の当否を争う利益を自ら放棄したものというべきであるから、控訴人において、あくまでも本件控訴を維持して当審の判断を得ようとすることは、司法権を愚弄することに等しい。従って、控訴人としては、速かに本件控訴を取り下げ、もって原判決を確定させるべきである。前記のとおり、当審以降の判決を無意味にしたのは控訴人自身であってみれば、もし控訴人が本件控訴を取り下げずに、これを維持するとすれば、これは権利の濫用に当るといわざるを得ない。

(二) よって、本件控訴は、控訴権の濫用として却下又は棄却されるべきである。

5  原審でした主張の訂正等

(一) 原判決五丁表八行目及び同一四丁表九行目の各「本件慰労金決議」をいずれも「第一の決議」と改める。

(二) 原判決一四丁裏二行目から同三行目にかけての「明らかというべく、」を「明らかというべきである。更に、第一の決議は、商法二六九条、二七九条にも違反する。」と改め、同四行目の末尾に続けて「なお、原告土田の行った質問は、法律的な裏付けはどうなんですかという質問をも含めて、二個ではなく、三個であった。」を加える。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一本件訴えの利益の存否について

1  控訴人は、昭和六三年三月三〇日に第二の決議が成立した結果、第一の決議の取消しを求める被控訴人らの本件訴えの利益は消滅するに至ったと主張するので、その主張の当否について判断する。

2  控訴人の当審における追加主張等のうち、1の(一)、(三)及び(四)の各事実は、当事者間に争いがなく、また、同(二)の事実は、〈証拠〉により、これを認めることができる。そして、第二の決議につきその取消し、無効等の事由となるべき瑕疵が存在する旨の主張、立証はないから、同決議は有効に成立したものと解すべきである。

3  そこで、右2で認定したところに基づいて考察するに、第一の決議につきその取消し、無効等の事由がなく、これが有効であるとされる場合はもちろん、仮に同決議につき被控訴人らの主張するとおりの取消し事由があって、これが取り消される場合であっても、右のとおり第二の決議が有効に成立している以上、控訴人が第一の決議に基づき昭和六二年三月三一日に退任取締役訴外井上義人外八名及び退任監査役訴外川手恒忠に対して行った退職慰労金合計金三億九九二八万円の支給は、その支給対象者についても、その金額についても、更にその支給時期についても、すべて有効に行わたものとして処理され、も早、控訴人において、これを取り消したり、変更したりする旨の決議をすることはできず(従って、そのような決議をするための取締役の説明義務等を問題にする余地もない。)、また、控訴人又はその株主等において、右井上義人らに対し右支給金の全部又は一部の返還等を求めることも許されないのである。従って、右のとおり第二の決議が有効に成立している以上、仮に第一の決議に取消し事由があると判断してこれを取り消してみたとしても、控訴人会社の現在の法律関係ないし財産状態には何らの変動をも生ぜしめるものではなく、被控訴人らを含む同会社の株主等の利害にも何らの影響をも及ぼすものではないのであるから、も早、控訴人にとっても、被控訴人らにとっても、第一の決議の効力を争うことは無用、無益になったものというべきである。因みに、本件第二の決議は、第一の決議自体を有効として追認する旨の決議とは形式的には異なるけれども、第一の決議の効力を争うことを無用、無益にするというその法的効果の実質においては、両者は共通しているということができる。

4  そうすると、右のとおり第二の決議が有効に成立している現在においては、第一の決議の取消しを求める本件請求の当否自体についての審理、裁判をする法的な利益はなくなったものというべきであり、被控訴人らによる本件訴えの利益は消滅するに至ったものといわざるを得ない。(もっとも、本件訴えの利益は消滅したとしても、被控訴人らとしては、本件訴えを提起したことにより、控訴人をして、前記の退任取締役等に対する退職慰労金の総金額を明示した、そして、この点で第一の決議と異なる第二の決議を成立せしめることになったのであるから、実質的には、本件訴えの目的を達成したということもできる。)

5  なお、右のような場合においても、第一の決議に取消し事由があるときには、裁判所は、具体的な実益の有無にかかわらず、抽象的な違法是正のため、これを取り消すべきであるなどとの見解もあり、被控訴人らも、本件につきそのような見解に基づいた主張をしている。しかしながら、このような見解は、結局、当事者間の現在の法律関係ないし法的利益に直接影響を及ぼさない、単なる過去の法律関係についての違法の確認ないし宣言を求める訴えを適法なものとして承認することに帰するといわざるを得ないから、わが国における現行の民事訴訟制度の目的及び構造に照らし、少なくとも解釈論としては、にわかに採用することができないものというべきである。

二本件控訴の適否について

1  被控訴人らは、本件控訴につき、その利益が消滅するに至ったとか、控訴権の濫用に当るとか主張して、その却下又は棄却を求めているので、その主張の当否について判断する。

2 まず、前記一の2で認定したところからすれば、原審の口頭弁論終結時の段階においては、第二の決議は未だ成立していなかったのであるから、本件訴えはその利益を有していたものであるところ、控訴人は、原審において、被控訴人らの本件請求を認容する旨の判決を受け、敗訴したため、これを不服として本件控訴を提起したものであり、その提起自体に民訴法所定の違法事由があるとは認められないから、本件控訴は適法なものというべきであり、これを控訴権の濫用ということができないことも明らかである。そして、控訴人は、その後、前記認定のとおり第一の決議を有効に成立させた上、当審において、それに基づく事情の変動を理由として、本件訴えの利益が消滅するに至ったと主張しているものであり、しかも、この主張の理由があることは、前記説示のとおりである。

3  ところで、右のような場合に、控訴人が、本件訴えの利益の消滅を理由として、本件請求認容の原判決を取り消した上、本件訴えを却下する旨の判決を求めることは、控訴人にとり有利であるから、第二の決議の成立後も、控訴人には本件控訴を維持する利益のあることが明らかであり、その利益が消滅したということはできない。また、本件において、控訴人が本件控訴の提起後第二の決議を成立せしめたことについても、その決議の成立を理由として本件訴えの利益が消滅するに至ったと主張することについても、これらを違法、不当とすべき事由を見い出すことはできないから、控訴人による本件控訴の維持をもって控訴権の濫用に当るということもできない。そして、その他にも、本件控訴を違法、不当とすべき事由は存在しない。

4  そうすると、被控訴人らの前記主張は、いずれもその理由がないというべきである。

三結論

以上の次第であって、被控訴人らの本件訴えは、当審に係属後、前記説示の理由で、その利益が消滅するに至ったというべきであるから、原判決中、主文第二項1の部分を取り消した上、被控訴人らの本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九〇条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奥村長生 裁判官前島勝三 裁判官笹村將文)

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